突然ですが皆さんは、障害や発達特性があるために理・美容室で髪を切れないという悩みを抱えているお子さんがいることを知っていますか?
例えば、店舗がバリアフリーに対応していない、知らない人に触れられることが苦手でカットに集中できないなど、様々な理由から理美容室でのカットが困難な人々がいます。こうした人々は、家族が代わりにカットを行ったり、セルフカットを余儀なくされたりします。しかし、それではおしゃれを楽しむことができず、自己実現の一環としての美容の楽しみが奪われてしまいます。
今回はそんな悩みと向き合い、障害や特性のあるお子さんのための美容室を運営しながら、ご自身の培ってきた経験や、支援方法などを他の理美容師にも広めていく活動をしている、NPO法人セルフ(以下セルフ)代表の安永康子さんにお話を伺いました。
※本記事内の写真はすべて安永さんからご提供いただいたものです。
活動紹介~セルフではどんな活動をしているの?~
セルフでは、佐賀県を中心にバリアフリー美容室の営業と発達障害児の余暇支援、それをサポートする支援者の育成、障害者理解の啓蒙啓発の活動などをしています。バリアフリー美容や、障害者をカットするようになって20年になるので、私自身は発達障害専門美容師と名乗って活動しています。
原点は三男が重度知的障害を伴う発達障害を持って生まれたことから始まりました。当時は今のように行政の支援とか、そういうものが全く整備されてなかったので、障害児を持った母親は、仕事を辞めるっていうのが前提だったんですね。
そういう障害のある子の中には髪の毛を切るのもとっても大変で、動き回って髪の毛を切らせてくれないお子さんがいるんです。お風呂場でお父さんが羽交い絞めにしてバリカンで切るとか、 床屋さんに行っても断られてきれないという悩みがありました。そこで初めて、自分の子どもが髪を切ってもらえる美容室がないことに気づいたんです。
自分の子どもの場合は自分が美容師をしていたのもあり、自宅でカットをしていたのですが自分の子が髪の毛をいつも切っていたのを見て、同じようなお子さんを持つお母さんから、よかったら家に来て髪を切ってもらえないだろうかって言われたんです。
そこから口コミでどんどん広がって、 身だしなみ事業が広まったところがセルフの原点です。
それまでは本当に普通の美容室でお客様をカットしていたので、そういう特性のあるお子さんの世界を初めて知りました。
発達特性のあるお子さんへのカットの工夫
発達特性のあるお子さんに対してどのようにカットの工夫をされているんでしょうか?
皆さん病院に行かれると問診票って書きますよね。それと同じように、お母様にその子が持ってる特性、何が苦手ですかとか、何が好きですかとか、アセスメントを取って、その子が嫌なこと、苦手なことを書いてもらって、例えばタオルを巻くのが嫌ならタオルは巻かないなど、初めは嫌なことをしないようにしています。
見通しがつかないと不安になる子がとても多いので、手順書を見せることもあります。初めに安永さんが髪を切ります、椅子に座ります、ケープをつけます……と、こういう風に順番を事前に示して、見通しをつけて切るようにしています。
髪を切ることは嫌なことではないと思ってもらえるように、まず美容室に入ってから、おもちゃで10分遊べるとか、そういう準備をしながら、髪を切ることが楽しいと感じてもらいます。
それから保護者の方にお願いしているのが、なるべくお店に来るまでのコースを変えないことと次の予約を必ず取ってもらうことです。
こうすると見通しがついて本人は安心して次もカットすることができるので、美容室にとってもプラスになるんですよね。確実にお客さんになるから。
以前、大阪の掲載店さんが、お客さんが九州に転勤して福岡に来るみたいだから、安永さんの美容室を紹介するねと言われたことがありました。
そのお客さんの来店は初めてだったんですが、どちらの美容室でも同じ手順でカットするので、引き継ぎがスムーズにできました。お客さんにとっては流れは一緒で、ただカットする人が変わっただけなので、うちの店に入ったことがなかったお子さんが、なんなく切れましたね。そこまでの手立てがあってのことかなと思います。
お母さんが切れるうちはお母さんが切っているんですけど、お母さんができなくなってから美容室に連れてこられても難しいんですよね。「ママカット」で小さい頃はなんとか抑えずに切れてた子も、小学生になってからはお家では抑えられないことが多いです。だから、お母さんが切れるうちに、未就学の時期や小学校1年生の時に、美容室で椅子に座って切れるようにするのが目標なんです。
ほとんどのお母さんがネットで調べて来てくださいますが、小学校4年生ぐらいで初めて美容室に来た子の場合、落ち着いて切れるようになるまでに1年以上かかることが多いですね。そんな時、お母さんがもっと早く連れてくればよかったって泣きながら言われることもあります。抑えられている子どもの姿を見るのも辛いですもんね。
そのほか多いのは、きょうだい児も一緒に連れてくるケースです。小さい頃はきょうだい児がモデルとして髪を切ってくれると、特に妹や弟が切っている姿を見ると、お兄ちゃんやお姉ちゃんというスタンスで、かっこつけて切らせてくれることがあります。
また、双子や三つ子のうち2人、3人とも自閉症や発達障害があることも多いです。そういった場合、最初は、なるべくきょうだいを別々に連れてきてくださいとお願いしています。1人が切りたくないと言ったら、もう1人も切れなくなってしまいますから。逆に障害の程度が軽い子が切れると、もう1人も切れることが多いですね。きょうだいのどちらかが切れるってわかったら、一緒に連れてきてもらって大丈夫ですよってアドバイスしています。
女の子だと特に色々な髪形にしたいという要望があったりするのかなと思うのですが、どのように対応していますか?
男の子と違って、女の子は髪をある程度伸ばしていても自然ですよね。だから、お母さんが前髪を少しだけ切って済ましてしまうこともあって、女の子の「ママカット」って多いんです。
でも、髪が邪魔になったり、感覚過敏で結べない子もいるんですよね。そうなってくると、髪が長いまま来店されることもあります。こだわりが強い子は店内に入れないこともありますし、コミュニケーションが難しい状態であれば髪の後ろを結んで、とりあえずばっさり切ってしまうことが多いです。
女の子の場合、少しずつスモールステップで進めながら切ることで、カットへの抵抗を減らして、安心できるようにしています。回数を重ねていって、その子が髪を結んで良いというラインに達すると、おしゃれを楽しめるようになって、最終的には成人式のヘアメイクまで担当することもあります。
あとは、引きこもりの子とか場面緘黙※の子のところにもカットしに行きますが、場面緘黙の子は自分で髪を染めておしゃれをしている子も多いです。今の時代はネットがあるので、例えばYouTubeを見て何番の色がいいとかこのデザインで切ってくださいとか、 こういう髪型にしたいんですっていうのをLINEで送ってきます。
場面緘黙
「他の状況で話しているにもかかわらず、特定の社会的状況において、話すことが一貫してできない」状態のこと。その認知度は低く、また、緘黙児は問題行動をほとんど起こさない。そのため周囲の人間が、場面緘黙の状態を「治療が必要なもの」として認識していないことが多い。また、性格特性と、場面緘黙の状態との区別も難しく、実際にはかなり多くの緘黙児が潜在的に存在している可能性が高い。
実際の話ですね、当事者は触られたくないし、もう髪の毛自体を切りたいとは思っていないんです。 髪を切りたいと思うのは保護者で、本人は髪を切りたいとは思ってないっていうのがまずあります。
ただ、髪を切って最後にワックスなどをつけて仕上げた時に、かっこいい、かわいいねって伝えて、少しでも得意な気持ちとか、できたっていう自己肯定感に繋がると、次からもできるようになりますね。
発達障害特性理解とサポート研修とは?
セルフでは「発達障害特性理解とサポート研修」もされているそうですが、どういった研修内容なのでしょうか?
まず、発達障害とはどういう特性を持った人たちなのかっていうことをお話しします。感覚過敏であったりとか、コミュニケーションが取れなかったりとか、見通しがつかないとパニックになってしまうとかやっぱり私たちとは、ものの見方とか感じ方が全く違うんですよね。
皆さんのお友達でもそういう特性を持った子どもたちっていると思うんです。例えば一度話し出すと止まらなくなってしまう特性がある子って初めからわかっていれば、その子の話が終わるまで待とうって思うじゃないですか。
それが特性理解とサポートになるので、 発達障害のある子はそういう特性を持ってますよっていうところをまず伝えて、知的障害がある子と発達障害だけの子がいますという話など、「見えない障害」の話をします。
その後に、それをどうやって理美容師のカットに繋げるかについての、施術対応という内容に続きます。特性のある子が、サロンの音がうるさくてお店に入れないならBGMを消すとか、誰がその子の髪の毛を切るか担当者を決めるとか、その子が鏡を見るのが苦手だったら、セラピーマットで隠すとか、事例を紹介しながら実際のアセスメントシートとか手順書をテキストと一緒に送って、実際の様子を収めた動画を大体2時間ぐらいで見てもらうような内容になっています。
今年の4月1日から、サロンでも合理的配慮が義務化になったんです。障害者に対して差別的な行動ができなくなったんですね。このサポート研修を受けると、合理的配慮ができているという店舗になるんです。それがこの研修の強みかなと思ってます。
研修は美容師さんだけではなくて、大学生とかボランティアさん向けのセミナーもやっています。同じように、発達障害とはどんなものかっていう研修と、支援者として発達障害の方たちにこういう接し方をしてもらうといいですよっていうようなセミナーもやっています。
ただ、障害を理解してサポートできる理美容師が増えたとしても、保護者の方々は自分の住む地域にそのような理美容師がいるのか、どこに行けば良いのかが分からないことが多いですよね。
そこで、理美容師と保護者を繋ぐポータルサイトを始めようと考えて「発達凸凹さんヘアカット」というサイトを立ち上げました。
「発達凸凹さんヘアカット」サイトの立ち上げ
2022年の夏に半月板損傷で入院して3か月ほどお店を閉めないといけなくなった時に、美容室に髪を切りに来ている子どもたちが、他の美容室では切れないので、お店の再開を待っている状態になってしまったんですね。自分の体が動かなくなった時にこれは困ったと思いました。
そうした時に、最低でも都道府県に1人、それから市町村の中で1人でもそういう対応をしてくださる理美容師さんがいれば、特性を抱える子どもたちはその店に行けばいいですよね。それで1年ぐらい前に、神奈川の仲間の1人と本格的に動こうってなったのが、「発達凸凹さんヘアカット」サイトの立ち上げに繋がりました。
やはり、障害や特性を理由に美容室で切ってもらえない、遠くのお店まで行かないといけないお子さんやそのご家族は多いのでしょうか。
サイトの立ち上げをする前に、セルフの店に来てる150人の子どもたちにアンケートを取ったことがありました。 どうしてうちの店に来たのか理由を知るためです。
すると、電話で予約をするときに障害があることを伝えたら美容室から断られてしまった人が約半数いることがわかりました。次に多かったのが、お店までは行けたけれどお店の前で嫌がる様子が見られたら、無理ですねって言われた人が15%です。
そして、お店に入って髪を切るところまではできたけれど、嫌がるお子さんを対応するのに美容師さんが疲弊してしまって、今回はできたけど、次回は無理ですと言われた人が13%いました。
ほかにも、バリカン半分だけ入れられて帰されたとか、寝たまま連れてきてくださいと言われた人もいました。
セルフの店に来てる人は3軒以上は断られた人がほとんどだと思います。
特性で感覚過敏を持った子どもたちは、信頼関係がないと、いきなり髪の毛を触ったり、首を触ったりするのを嫌がります。私たちも例えば全く知らない人が、いきなり耳に息を吹きかけてきたら、不快じゃないですか。それを客観的に見たのと同じような感覚を子ども達も感じているんです。そんな感覚だから、初めて美容室に行って、髪を切ることは難しいと思っています。
サイトに掲載されている数を見ると、地方に1つしかないような地域もあったりと、障害のあるお子さんをカットできる美容室は少ないなという印象を受けます。活動を始められてから何か変化はありましたか?
発達凸凹さんフェスタを4月にやってから、一気に掲載店が5件増えたんです。これから四国と新潟と愛媛と佐賀と増える予定です。だから、やっぱりフェスタをやってよかったなとは思いました。
理美容師さんと子どもたちのためのイベント
~発達凸凹さんフェスタ~
発達凸凹さんフェスタにはたくさんの人が参加してくれました。理美容師さんや保護者の方、福祉関係者の方も多く来てくれましたし、美容学校の学生さんたちも来てくれました。美容学校の方がスポンサーになってくださって、これから美容師になろうという学生さんたちが20人ほどお手伝いに来てくださって、たくさんの人で盛り上がりました。
特にモデルの栗原類さんが来てくれたことは影響力が大きかったです。類さんは自身も発達障害であることをカミングアウトされて、本も書かれたので、その話を聞きたいっていう方もたくさん集まりました。類さんも、こういったイベントに出演するのはすごく珍しいことなので、参加できて嬉しかったって言ってくださいましたね。
理美容師さんと障害当事者は美容室以外での接点が少ないのではないかと思います。こういうイベントがあると、お互いに気づきがあるのではないかなと思いました。
だから、今回のフェスタは利用者さんがいやすかったって言っていました。普通、そういうフェスタとかをやっても、当事者やその保護者は邪魔者というか、居づらさを感じてしまうことがあるんですが、ここは子どもたちが、叫んだりしながらヘルパーさんと一緒にいても優しい空間だったっていう風にアンケートで言ってくださったのが嬉しかったですね。
そのほか、イベントの中では「親亡き後」ってコーナーもありました。セルフでは親亡き後ではなくて「親あるうちに」ってワードを変えています。 親亡き後のことを考えるよりは、自分たちが生きてるうちに子どもたちのことをちゃんと考えて、自分たちがいなくなっても生活できるような空間作りをしなきゃいけないよねっていう思いで、相談窓口も作ったら相談も多かったですね。
情報の発信場所としては、いろんな方向性を持った情報発信になったから良かったと思います。
当事者へのアプローチ方法を聞いてみた
こうした活動を知ってもらうために、当事者や保護者の方にどのようにアプローチされていますか?
保護者の方向けに公式LINEを作って佐賀県以外の保護者の方ともつながりを広げています。先日も神戸の方からご相談をいただいて、最終的に掲載店に繋げることができました。そうした取り組みで、美容室に行ける方が増えていくので、公式LINEのお知らせをもっとしないといけないなと思っています。
他の宣伝方法としては、各掲載店から2キロ範囲にある放課後等児童デイサービスにチラシを配っています。皆さんが住んでいる近くには、障害のある方のカットができる美容室がありますよとお知らせするだけでお客さんが増えるんです。
放課後等児童デイだけでなく、児童発達支援センターとか、発達障害支援センターやリハビリ施設など、障害のあるお子さんが多く利用する場所にチラシを配るようにしています。
まずはこういう活動してるっていう人がいるっていうのがわかってもらうことと、髪を切るのが大変だっていうのがわかってもらうことだけでも、全然違うかなと思います。
活動を続けるうえでの想い
本当に困ってる子どもたち、保護者がたくさんいるのでこういうサイトがあることとか、こういう活動をしてる美容師がいることを広めていきたいです。
美容師の声を聞くと、特性のある子どもが来たから切ってるだけで、自分たちのお店はそういうお子さんのカットをしてますって表明するところまではいかないってオーナーさんたちは言うんです。
でも、保護者にとってはどこで切っていいのかわからないままなので、それはカットしてないことと一緒だって言うんです。だから、表明することに意味があるっていうことを、美容師さんやサロンのオーナーにわかってもらわないと広がっていかないんです。
ある美容師さんは、 ちゃんと発達障害の子どもたちの勉強もしたし、それだけ対応能力がある美容師だよということで、スペシャルメニューとしてカットの値段を上げたんですね。そしたら売り上げが上がったんですよ。
障害者も切ってる専門店だから、その美容師さんはスペシャリストだという認識で金額を上げたら、普通のお客さんが増えたんですよ。 そこがすごい不思議なところで、やっぱり美容師さんたちも固定概念ってなかなか変えられないので、逆説的な発想で値段を上げたっていうのはびっくりしましたね。
皆さんオーナーなので、続けていくためにはねやっぱり営業に繋がらないと特性のある子のカットの話は聞いてもらえないですね。経営戦略としては、どういう風にお客さんを増やすかっていうところもちゃんと狙っていかないとダメなのかなと思います。
理美容師は行政支援にならないんですよね。マッサージとかリハビリは医療機関として、介護保険とか行政支援になるんですけど、美容師は髪を切るっていうので、身だしなみ事業としてしか位置付けられてないんです。だから、店舗営業でお客様からお金をいただくっていう方がまだ現実かなと思っています。その代わり、そのスペシャルメニューは今度私も考えようかなと思ってます。
セルフでは最終的には成人式であったり、結婚式とかお呼ばれされた時のヘアメイクまでできるようにしたいと思っています。障害のある方で、就労継続支援のA型作業所とかB型作業所に通っている人は工賃をもらうんですが、それが大体1日100円から200円ぐらいなんですね。セルフの最終系の形としては、大人になって工賃を毎日ためて、カット代を月に1回払ってもらうのがいいなと思っていて、既に5、6人そういう子がいます。
就労継続支援(A型・B型事業所)
障害などを理由に一般企業で働くことが難しい人が、一定の支援を受けながら働いたり就労訓練を受けることができる福祉サービス。A型事業所では事業所と雇用契約を結んで、一般企業と変わらない雇用形態で働くため賃金も各地域の最低賃金が適用され、平均賃金は月8万円程度となっている。
B型事業所では、事業所と雇用契約を結ばず簡単な軽作業が中心のため、工賃が低く平均工賃は月1.6万円程度である。
とりあえずは各都道府県に専門の理美容師が1人、その後はもっと増えてほしいと思っています。今度5店舗ぐらい増えるので、 そこからさらに口コミで増えたらいいなと思っています。
安永さん、お話を聴かせていただいてありがとうございました!
障害や特性があるために髪を切ることができないお子さんにとって、理美容室で自分の好きな髪形にカットすることは自己実現や社会参画にもつながっていくと思います。発達凸凹さんカットの取り組みがさらに広がって、一人一人が自分の好きな理美容室で、その人に合った方法でカットをしてもらえるようになってほしいですね。
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