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体験レポート

常識から自由になるためにはまず「リカちゃんを植える」!?【オンラインイベント レポ】

衝撃的なタイトル失礼いたしました。

この言葉は私が先日参加したイベント「ふくし、フクシ、福祉」のゲストスピーカーであった、木ノ戸昌幸さんの言葉です。あまりにも衝撃的でしたので、タイトルに使わせていただきました。

こんな言葉が生まれるイベントとは……どういうこと!?

気になった方は最後までぜひ読んでください!

「ふくし、フクシ、福祉」とは?

「ふくし、フクシ、福祉」は滋賀県でフリースペース「就活room tugumi」を運営する株式会社 Re-birth「令和4年度滋賀県障害福祉のしごと魅力発信事業」の一環として主催したイベントで、

「ふくしを伝える」ということにフォーカスしています。

イベントは2部構成になっており、

1部はゲストスピーカー2人ファシリテーター学生2人のトークイベントです。
イベントは三井アウトレットパーク滋賀竜王より生配信され、それを視聴しました!

2部は、1部に参加した学生やゲストスピーカーとZoom上で座談会をしました!

https://wel-bee.com/wp-content/uploads/2022/01/IMG_7301-300x300.jpg
かず

「福祉を伝える」というフライヤーの言葉を見て、即参加を決意。wel-beeの今後の活動のヒントになれば良いな〜という気持ちで応募しました!

参加してみて

私一人しかいない部屋で、「面白い、面白い、面白い……」と無意識に声に出していました。

イヤホンをしていたので、パソコンに向かって何かぶつぶつ言っている、恐ろしい光景だったと思います。

それくらい、夢中になって見ていました。

特に、1部の登壇者のクロストークが非常に面白かったです。

「NPO法人スウィング」で既存の概念に囚われない奇抜で面白すぎる(という言葉では表現できないくらい面白い)障害福祉の実践と発信に取り組んでいる木ノ戸昌幸さん。

朝日新聞社での記者を退職後、フリーライターやひとり出版社「能美舎」で本作りをし、「伝える」ことについてたくさん考えてきた堀江昌史さん。

このお二方を含む、学生とファシリテーターの5名が混ざり合うことで、

「福祉を伝える」ということに対しての考えが深まりました。

アーカイブはこちら

伝えることの重要性

実践者が発信するということ

ファシリテーター 大澤健さん(以下、大澤):スウィングでは実践と同時に発信も積極的に行っていると思うのですが、「実践と発信」ということについてお話を聞きたいです。

木ノ戸昌幸さん(以下、木ノ戸):福祉の業界に限らず、ある特定の業界というか領域は「閉じていく」という性質があるんですよね。例えば、家庭や学校とかも。でも、「閉じていく」って良いこと起こらないんですよね。むしろ、悪いことが起こっちゃう。例えば、何かを隠しちゃうとか。

だから、それを開いていく。ーー僕の言葉で言うと「公共化」していくっていうんですかね。

公共化を続けていくっていう意味でも、「伝える」ということが必要なんですよね。「風通しを良くする」という思いで、伝えるということをしている。

堀江昌史さん(以下、堀江):スウィングは、戦隊ヒーローのコスプレをしてゴミ拾いをする「ゴミコロリ」など面白い活動をしていて、見ている側の「知りたい!」を刺激するのが上手ですよね。

ゴミコロリの活動風景。最初は子供たちに怖がられていたが、すっかり仲良くなったそう。

木ノ戸 :「伝えたい!」という気持ちをただ何もデザインせずに発信するのはもったいない。伝えたいように、伝えようとした結果、おかしなようになっていく(笑)。真面目にやればやるほど、おかしなようになっていく(笑)。

スウィングのおかしな実践すべてが「伝えようとした結果」なんだよね。

第三者が発信するということ

大澤 :木ノ戸さんから実践者が発信することについて伺いましたが、それだけじゃなく、実践者以外の人が発信する重要性もあると思うのですが、記者などで活躍されていた堀江さんはどう思いますか?

堀江さんは分娩・出産の話題について記事を書き、発信している(イベント内スライドより)

堀江:記者時代だったり、今出版社をやっている中で意識していることは、世の中に公開したことで「社会化する」ということです。

例えば、スウィングの実践を見て、共感して、「この取り組みを知ってもらいたい」と思う。その共感をもとに、切り取って公開する。その取り組みが社会化することに共犯関係になるって言うんですかね……。

木ノ戸:いや〜。良いですね。

「共犯関係」というのは支援者/被支援者の二分化という話にも繋がってくると思うんですよね。自分を他者化しないっていうか。あるいは、誰かを対象化しない。

堀江:私はずっと一緒に実践するわけじゃない。だけど、同じ社会を目指す仲間として「私に何ができるのかな?」と常に考えてます。

木ノ戸 :「社会化」ってそんなに難しいことじゃなくてですね。そもそも、全ての物事は社会的な事なはずなんですよ。

だけど、それを個人で留めているうちは、社会化しないんですよね。

もともと社会の問題なのに、それがオープンにされないうちは個人の問題ってされちゃうんですよね。

だから、発信することはとても大事。

誰が発信しても良い

木ノ戸:発信するのって誰でも良いんですよ。誰々が発信せなあかんって誰が決めたんですか?

堀江:私は「フリーライター」って名乗ってますけど。フリーのライターですからね。何ものでもないんですよ。ただの一市民として、共犯関係になりたいと思ったら書いちゃう!

木ノ戸上手じゃなきゃあかんっていう価値観は誰が決めたんでしょうね。誰でも表現して良いのに。

堀江:発信することで、「生きづらさを抱えているのは自分だけじゃない」と気づけたことは大きいですね。

あと、似た生きづらさを抱えている仲間もいると発信することで気づけました。
仲間とつながることで、さらにその生きづらさをオープンにしやすくなったりとかもします。

「わかりやすい」ことへの危惧

大澤:何かを伝えるためには、「わかりやすさ」が必要になる場面もある。

「わかりやすく」伝えるために物事を切り分けたり、制度を届けるために「線を引いて」必要な人に届けたりする。(例えば、本来「障害者」という人はいないはずなのに、「障害者」と定義して線を引く。「障害者」と定義することによって必要な制度を届けることができる。)こういう風に、「線を引く」ということがどうしても必要になってくる部分もあったりすると思います。

その一方で、一対一の自分と他者という場面において「線を引く」必要はなかったりするのかなと思います。線を引く/引かないは使い分けるものなのかということが気になりました。

木ノ戸:便宜上、社会を運営していく以上、わかりやすくする何かは必要なのかなと思います。
自分でも何かを伝えようとするときに、「何か違うな」と感じながら伝えることもありますし。

線を引く/引かないは共存可能やと思っています。
その時に大事なのは「制度は制度でしかない」という意識を常に持っておくことです。

この意識を持っていないと制度でしかないはずなのにそっち(線を引くこと)に引っ張られてしまう。

やのに感

堀江: 自分が記者だった自戒も含めていうと、わかりやすさを求めた結果、「障害者がこんなことをしている!すごいでしょ」という記事になりがちですね。

でも、前私も会議で「女性なのに意見持っていてすごいね」と声をかけられたんですよ。「……え〜、いや〜、う〜ん」と微妙な気持ちになったんですよね。

言われて初めて気づくんですよね。「〜なのに」という言葉が問題含みということは。

木ノ戸:「女性やのに」「障害者やのに」「子供やのに」とかを総称して「やのに感」と言っているんです。この言葉を使うのはまさに堀江さんが言っていたように「わかりやすさ」なんですよね。

で、なんでわかりやすくするのかというと、そのことによって凄さが増す。
本当は増しも減りもしないんですけど、増したような気になっちゃうんですよね。

そこで考えなくちゃあかんのが、「なんですごくないといけないのか」ということなんですよね。

誰かが規定したプライオリティの高いものしか表現しちゃあかんという雰囲気。これはとてもしんどくって。下手でも絵を書いて良いし、下手でも文章書いて良いし、なんでも良いんですよ。

もっともっとどうでも良いことを失敗しまくりながら発信していくことが大事やなって思うんですよ。

ギリギリアウトを狙う

瀬川さん(参加学生・以下、瀬川):自分の中にも偏見のメガネみたいなものがあって、境界線は拭うことができないと感じる中で、スウィングさんが掲げている「ギリギリアウトを狙う」っていう言葉って、感覚的にわかりやすいのに誰も区分けすることがなくて素晴らしいなって思います。

自分もギリギリアウトを狙うそんな生き方ができたらな〜って。

木ノ戸:ギリギリアウトを狙い続けていったら、何かが広がっていくなと思います。

本当に自分が楽になっていく。周囲も楽になっていく。そういう実感があるのでね、ぜひ実践してみて欲しいですね。

僕は花が好きで、庭にいくつかの花を植えているんですけど、今、リカちゃんを植えています。

堀江:花じゃない!!

木ノ戸:リカちゃんが花じゃないって思い込みじゃないですか。先入観でしょ。

堀江:そうかな?そうだったかも!笑

木ノ戸:リカちゃんを植えるとね、相当広がりますよ。何かが。

リカちゃん植えちゃうと結構なんでもできるんですよ。

堀江:でも何もルール破ってないですもんね。

木ノ戸:リカちゃん植えちゃいけないってどこにも書いてないですから。

堀江:私も時々常識に囚われている自分に挑戦したくなる時がありますね。
街路樹に登ったりしちゃいます。

木ノ戸小さなことでも良いんですよね。例えば、いつもは右足から歩き始めているけど、今日は左足から歩き始めてみようとか。全然セーフですけどね。

でも、自分の中に固定化した何かを変えていくっていうことが大事なことなのかなって思います。

ぜひ、街路樹登ってみてください!

堀江:リカちゃん植えてみてください!

瀬川:すぐ帰ってリカちゃん植えたいです(笑)。

参加してみて

私が印象にのこった場面を切り取ってみたのですが、いかがだったでしょうか?

これからwel-beeで情報を発信していくにあたり、とても心に響くものがたくさんありました!!
特に、「言葉で物事を切り分けている」という考えにはハッとさせられました……。
これから発信するにあたって、言葉選びにはもう少し慎重にならなきゃな……となりました。

特に、「凄そうに見せる」「わかりやすくする」時に何かを切り分けていないか、先入観に囚われていないか自分を顧みようと思いました!(我ながら、真面目な感想〜!笑)

……

とりあえず、リカちゃん植えます!

「下手でも発信しても良い」という考えに基づき早速、Twitterで感想を発信してみました😎↓

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
以下、このイベントのポイントをまとめました!👇👇

発信することの重要性

②誰が発信しても良い(上手じゃなきゃ表現しちゃいけないって誰が決めたの?)

③わかりやすく伝えるために、何かを切り分けていないか?

④固定化した何かを変えていくために、ちょっとづつギリギリアウトを狙う

この記事が皆さんに何か気づきを与えられていたら嬉しいです!
「ふくし、フクシ、福祉」のアーカイブはこちら

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かず

かず

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